「俺たち2」管理人による戯言
日記でもない、コラムでもない、単なる戯言。そんな感じ。
筆者は幕張ベイタウン在住のおやじ。結構、歳いってます。はい。
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俺たちのHP(パート2)
フレンチ KAZU
ベイタウンにひっそり佇む隠れ家のように落ち着いた店。
妻や友人からいい店だよとは聞いていたものの、私は今回が初めて。
落ち着いた内装もなかなかいいのだ!! 個室もあるので、小パーティーなどもできる。
うほほほほ。
初めてKAZUで食事。
ベイタウン商店会の役員会兼新年会。
おいちかった〜〜〜っ!!
鹿の肉トリュフソース。
もうどうなったっていいっ!!(うそ)
フレンチはどうも量が少ない、味が薄いなどという先入観があって、どうも敬遠していた。もちろん値段も高いというのもネックだった。でも、こんなに美味しいんだったら、何日か昼食抜いて(笑)、金貯めてまた来たい。(そういう問題じゃないか。)
上の写真は、鎌倉さんが資料を読んでいるところ。
一応、会議なので・・・。
(↑)あまりにもコーフンしていたので、料理の説明を聞いても右から左。これもなんだったか忘れたけれど、どうやら向こう側はカキで手前はアワビじゃないかと、記憶を少しずつひも解いているところ。(笑)
(↑)パンも美味しい。
店の雰囲気も絶対に美味しさの要素になっている。
(↑)これ、なんだっけ。オレンジジュースのソースに、キャビアが載っている。
(↑)帆立だったかな。中央にちょこんと載っているのが、ウニ。いや〜たまんない味です。
(↑)これも分からない。上に載っているのはカブだというのだけわかる。でも、めちゃ旨かった。
(↑)これが例の鹿の肉。柔らか。上に載っているのはテリーヌみたいな・・・。トリフュのソースが絶妙。
(↑)デザート。わずか2秒くらいで食べてしまったので、旨いとしか言いようが無い。
2012.1.20
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good bye / 浅川マキ
故浅川マキさんのライブには何度か行った。昨年8月に水難事故で不慮の死を遂げたセシル・モンロー氏も浅川マキのバックでドラムを叩いていた。この動画の中にも出てくる。それにしても、これ、凄いメンバー。
浅川マキってボーカルは、一流のプロミュージシャンをして、是非、バックで演奏させてほしいと言わしめる玄人好みの凄さがあるという。
2012.1.21
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前から言おうと思っていたのだけど・・・
早見優って、きれいっ!!
若いときよりも今のほうがきれいだよね。
2012.1.21
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Memories of You / Jimmy Takeuchi
あなたの想い出 / ジミー竹内 with テディ・ウィルソン
もっと早くつくろうと思ったのですが・・・。
- ジミー竹内 -
1930年6月29日、東京で誕生。1948年に横須賀でプロのドラマーとして仕事を始める。その後、原信夫シャープス&フラッツ、小原重徳 &ブルーコーツ、鈴木章治とリズムエース、渡辺晋とシックスジョーズ、世良譲トリオ、など、ビッグ・バンドからコンボまでを渡り歩き、1950年代後半にはジョージ川口、-白木秀雄とともに「三大ドラマー」として称された。「戦後の日本ジャズ界を代表するドラマー」とも評されている。
ジミー竹内記念館 =
http://www.oretachi.jp/jimmy/
(wikipedia より and ちょっとだけアレンジ)
この演奏、教科書的で、つまんないとおっしゃる方もいらっしゃるようです。
確かにそうかもしれない。
でも、教科書的に実際ちゃんと演奏するのってとんでもなく難しい・・・と、ちょっぴりしかギターを弾けない私如きが偉そうに言っていいのだろうか。いや、いいでしょ、それくらい。
http://shibazaki.iza-yoi.net/zaki18/shibazaki_860.htm
(↑)ジミー竹内を偲ぶ会
2012.1.21
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今日のアド街は・・・
なんと秩父小鹿野。
すげえ、マニアック!!
私の好きな町のひとつなのだが、まさか、そんなマニアックな町にスポットが当たるとは・・・!!
その昔、悪天候の中、バイクで両神山中の林道に迷い込んで、数時間彷徨っていたことがる。かなり焦ったけれど、それが後々になりいい思い出となっている。
http://www.bike-ogano.jp/
(↑)オートバイによるまちおこし
2012.1.21
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エースコック 喜多方ラーメン
カップ麺のご当地ものとかお店ブランドのものって、単に名前を謳っているだけで、あんまり旨いものは無いという私のイメージ。ロットも少ないので、その分も割高になっている。しかし、このエースコックの喜多方ラーメンは値段は普通で、しかも、私としては及第点をつけたいクオリティだった。何より、麺の再現性がいい。もちろんホンモノの手打ちには及ばないものの、つるりとした食感が似ているかも。
2012.1.22
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餅つきイベント@うちのマンション
飲んだ、飲んだ。喰った、喰った。(笑)
一旦目を覚ました。
いつの間にか寝てましたね。(笑)
いや〜〜、楽しかった。
スタッフの皆様、ご苦労様でした。
マリンマラソン後に参加されたIwaさん、お疲れでした。
休日なのに、無理やり新木場へ仕事しに行くtommyさん、ご愁傷様でした。(笑)
2012.1.22
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思い出した・・・ 小鹿野の続き
このページの上のほうでというか、真ん中辺りで、アド街の話題を載せている。その中で、林道で迷ったとなっているが、なんで迷子になったのかを今更ながら分析してみた。二十数年前なので、記憶はかなり怪しい。地図を見ると迷うような箇所は無い。ただはっきりしているのは、とんでもない天候で、それと、思った以上に荒れた林道だったことをしっかり記憶している。
で、暫く目をつぶって、集中力を高めて当時に思いを馳せた。すると、段々思い出してきた。そうだ、あのときは林道を走りに行くのが目的ではなく、299号を使って、埼玉〜群馬〜長野に抜ける予定だった。当時、299号は私のお気に入りの道だった。あの武蔵の正丸峠もそのひとつ。正丸峠を越えて秩父に下りるバイクの小旅行はしょっちゅうやっていた。
ただ、小鹿野から先へは行ったことが無い。面白半分で志賀坂峠を目指したが、一度目は工事中で、あちこちに大型の重機が入っていたり、危険個所があったり、それと台風の後で道が相当荒れていて途中で断念した。ちゃんと覚悟して来ないとダメだと思った。そのリベンジということで満を持して臨んだのだ。小鹿野から先の志賀坂峠へ登る道、更にその先は未舗装道路だということはその時もしっかり認識していた。だけど、天候が悪すぎて、しかも、工事はまだまだ終わっておらず、志賀坂トンネルの手前でめげてしまっていた。
上の地図の黄色い道が国道299号で、右が埼玉県小鹿野町、左が群馬県神流町である。左にずっと行くと、すぐに長野との国境があるので、そのルートを目指していたのだ。
前述の通り、そのとき志賀坂トンネルをくぐり、群馬県側に行くことを断念した私は、何を思ったのかスケベ心を出して、トンネルの手前に左に入る林道に入ってしまった。たぶん、当時はゲートが空いていたかもしれないし、通行止めになっていなかったのかもしれないが、一般的にこのような脇道は通行禁止だったような気がする。何故その道に入ったかと言えば、ひょっとして両神山方面に出られるのではないだろうかと考えたのである。バイクと同様に登山が好きだった私だったから、日本百名山のひとつである両神山を近くで眺めたいと思ったのだろう。
しかしこれがまたとんでもない道だった。ハンドボールくらいの落石がごろごろしていたし、ところどころ土砂も崩れていた。確かそのときに撮った写真があって、それは後年何度も見たので、ああ、あのときの写真だったのかと今更ながら感慨に浸っている。その写真を撮ったのは赤字で「ここ」と書いてあるところじゃないかと思う。確証は無いけれどなんとなく。
雨がぼたぼた落ちてくる中で、何かの木の下で、幾分か雨が除けられる場所を見つけて、携帯コンロで湯を沸かし、コーヒーを飲んだ。季節はおそらく9月の中旬くらいだったと思う。このツーリングと前後して山梨から大弛峠を経て長野県の川上村に出る峰越林道で大転倒して死にそうになった印象があまりにも強く、それでこちらの記憶が曖昧になっているのだと思う。
さて、コーヒーを飲んでからまた慎重にその先に行ってみた。天気が悪いから景色なんてちっとも良くない。全身どろどろになりながら、落石を除けながら、走った。でも、誰もいない道を走るのは物凄く気分がいい。ただ、この林道、とんでもなく長いのだ。暫く走って、どうなったのかあまり記憶が無い。そのまま走ると秩父の奥地、荒川の源流のほうだ。でもその当時、その先に通じる長いトンネルがあったのかどうか、そしてそのトンネルを通過したのかどうかまったく記憶にない。ただ、長い間林道を走り続けて、再び小鹿野の町に下りたときにはもうすでに夕方だったことは覚えている。
こうやって、こういう文章を打っているときに、こんなことしてないで、山へ行け!という指令が脳内を駆け巡っている。
2012.1.23
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2012/1/20〜23
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